2009年12月アーカイブ

音楽大学

音楽ならびに音楽学の教育研究を専門とする高等教育機関のことである。

またこの記事では、芸術を学ぶことに特化した大学に設置されている学部である音楽学部(おんがくがくぶ)、芸術を学ぶことに特化した学部に設置されている音楽学科、並びに、海外において音楽の高等専門学校または専門学校として設置されている「音楽院」(おんがくいん、英 conservatory of music, academiy of music, school of music、仏 Conservatoire de Musique、伊 Conservatorio di Musica)

音楽大学とは、指揮法・作曲法や各楽器などの音楽系専門課程を専攻する単科大学・音楽学部ならびに大学院の組織を指す。また音楽院は、高等専門学校または専門学校に区分される。

音楽大学、音楽学部、音楽学科、音楽院では音楽に関する様々な教育研究活動がなされており、学生は一般的に作曲や音楽学、演奏(指揮、声楽、鍵盤楽器、弦楽器、管楽器、打楽器)など、音楽に関する技能・知識を研鑽することができる。

日本での音楽家の歴史

日本においては、平安時代になると、音楽(雅楽)の専門として芝、東儀、豊の三家が制定され、世襲により現在まで続いている。

また鎌倉時代には視覚障害者保護のため「検校」の官位が生まれ、後に当道座が整備されて、それに属する盲人は専門家として平曲(平家琵琶)、江戸時代にはそれに加えて三曲(地歌三味線、箏曲、胡弓)の占有が認められた。

これが盲人音楽家の地位を保証し、近世邦楽の発展を支えることになる。その他、室町時代から能楽は武家の式楽として、能楽師たちは身分を保障されていた。
江戸時代には浄瑠璃など、専門家の権威付けとして、芸道を管轄する役所「嵯峨御所」に届け出、認可されると家元として一派を構えることができた。

また演奏家の優劣を評する「番付」がしばしば発行された。

一派を立てるには、みずから作曲して独自性を示すことが求められるが、日本の音楽においても演奏家は作曲家を兼ねていた。


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